「西日本新聞」(11/25)読書館・書評

『嵐を生きた中国知識人』 章 詒和 著
たましいが洗われる

評者: 竹内 実(京都大学名誉教授)


 新しい中国が生まれ、やがて「百花斉放、百家争鳴」というスローガンのもと、自由
多様な芸術や学術が奨励された。そのうえ、政府や党(中国共産党)にたいする批判や
提言まで求められるにいたった。
 はじめはおそるおそるだったが、批判はしだいに調子がつよくなり、中国共産党は
「天下をわがものにしている」といった発言もとびだした。
 すると、一転して、中国共産党はこれらのひとを「右派」として非難する攻勢をと
った。批判の集会ばかりでなく、新聞や雑誌でキャンペーンを展開したのである。
 まず槍玉にあがったのが、章伯鈞、羅隆基といったひとで、本書は章伯鈞の次
女、章詒和による手記である。
 章伯鈞たちは戦争中は臨時の首都・重慶にあったが、国民党の腐敗にあきたらず、
自由主義的な大学教授や弁護士を結集、民主同盟をたちあげた。ほかにも九三学社な
ど小規模ではあるが政治結社が生まれた。大学教授だった聞一多は民主同盟に参加
し、国民党のテロによって、いのちを失った。
 新中国の成立にあたって、これらの団体は予備会議(政治協商会議)に参加し、政
治活動をみとめられていたが、「右派」としてレッテルを貼られると、政府支給の手
当は減額され、行動は制限され(旅行や外国人との接触禁止など)、その生活まで困
窮するにいたった。
 章詒和はもっぱら自分が経験し、目撃したことがらにかぎって叙述している。
 大河小説のように、収録された六篇が、それぞれ独立しながらつながり、生半可の
小説家には及びもつかない珠玉の文章がつづられ、父の最大の罪状としてあげられた
「章伯鈞・羅隆基の政治的同盟」が事実無根の冤罪であることをみごとに立証してい
る。虚飾のない原作・原注に横澤泰夫氏の訳文・訳注も適切。
 たましいが洗われる一冊である。