「産経新聞」(4/9)

「庶民にとって、歴史とは生活の連続。生活とは食うこと」
中国飢餓農民救った日本軍
小説「温故一九四二」を邦訳、映画化も

 【北京=福島香織】一九四二年、大飢饉で河南省の農民を救ったのは、
日本軍だった−。そんな歴史の真実をとらえ、ロングセラーとなっている
中国の小説がこのほど日本で翻訳出版された。劉震雲さん著、劉燕子さん
翻訳の「温故一九四二」(中国書店)だ。日中政府が歴史問題で対立を深め
るいま、庶民にとっての歴史とは何か、二人の「劉さん」にたずねた。
 「庶民にとって、歴史とは生活の連続。生活とは、食うこと。食べるも
のがなければ飢え死にするしかない」と、劉震雲さんは力をこめる。同小
説は、日中戦争の最中の一九四二−四三年、河南省を襲った干魃による被
災者三千万人、餓死者三百万人という大飢饉の状況を農民、蒋介石ら指導
者、米国人記者、日本軍の立場から多面的に描き出した。
 飢饉の原因は天災だけでなく、中国軍の容赦ない軍糧のとりたてのせい
でもあった。その中で、日本軍は餓死寸前の農民に軍糧を放出した。他の
中国人から収奪したものだったとはいえ、農民はこれに応えて、猟銃やク
ワを握って武装し、軍糧を巻き上げてきた中国軍を武装解除させた。
 「民衆が死んでも土地は中国人のもの。兵士が死ねば日本人がこの国を
わがものとする」と軍糧の過剰なとりたてを黙認する蒋介石に対し、食べ
ることが何より優先事項だった庶民。「最後に歴史を動かすのは庶民の基
本的生活の要求だった」と劉震雲さんはいう。
 河南省生まれの劉震雲さんは、当初は故郷の災害史をまとめるつもりで、
祖母や叔父らをインタビューし新聞記事を集めていた。史実に初めて触れ
て驚愕すると同時に「人の記憶は意外にあいまい。こんな大事件をみんな
あまり覚えていない」と、ショックを受けた。それではいけないと、九三
年に小説として発表。以来、読者の圧倒的支持を得て、今も重版が続くロ
ングセラーになった。“中国の山田洋次”と称される馮小剛監督による映
画化も決定。当局の審査が厳しくクランクインが遅れているものの「遅く
とも来年の冬には完成する」という。
 翻訳者の劉燕子さんはこの小説に魅了された一読者だった。九一年に日
本に留学。今は大阪で、文芸誌「藍・BLUE」編集長を務める。「日中
の懸け橋になりたいと思って文芸誌を編集してきた。この小説こそ日本の
人々に読んでほしい」と、日本語で「劉震雲文学」の世界を再現した。翻
訳に当たっては、防衛庁の戦史と照らし合わせ、史実を確認した。
 昨年四月の反日デモから一年。しかし劉震雲さんは「故郷(河南省)の老
人たちは、日本人に好感を持っている。子供のとき日本兵にアメをもらっ
たりしたそうです」とほほえんだ。