書名中国文化大革命事典
ご寄稿者名小竹一彰
投稿日 9/16 日
編著者陳東林等編 加々美光行監修 徳澄雅彦監訳
出版社中国書店
出版年月1997年
ISBN4-924779-32-6

書評現代中国研究にとっての「文革」
小竹一彰
 毛沢東の「責任」

今から三十年余り前に始まった「文化大革命」(以下、「文革」と略記する)は、
中華人民共和国に訳十年におよぶ大混乱をもたらした。三十年前と言えば、
日本では完全な過去として扱われることが普通かもしれない。だが、中国では
「文革」は今も決して単なる過去と見なされていない。
たとえば「文化大革命」に関する書物を中国で出版することは今でも中国指導部
による厳しい統制のもとに置かれている。したがって、「文革」に関する自由な
研究発表は、中国では依然としてー不可能とは言わないまでもーきわめて困難なのである。
その原因は、「文革」を遂行した最大の当事者である毛沢東が同時に中華人民共和国
を樹立した最大の功労者だったという事情に象徴されている。つまり、
「文革」遂行に関する毛沢東の責任を本格的に追及すれば、彼の建国に関する
功績まで否定してしまいかねない。それでは、
中華人民共和国の正統性まで疑われる可能性がある。この問題は
毛沢東という特定の個人だけに限定できるものではない。
現在の中国で中堅以上の指導的職務にある人たちのなかには、
「文革」における被害者もいれば加害者もいるのである。
彼らが今もっとも思い出したくないものは、
「文革」中の彼らの発言や行動ではないだろうか。
こうした事情を考えれば、中国で「文革」研究が今なおタブー視
されていることも(賛否は別として)理解できなくもない。

 混乱という教訓

だが、「文革」がもたらした混乱という痛切な教訓があったからこそ、
中国の二十年近い「改革・開放」による発展は真剣に実行されてきた。
中国の現状をより真剣に実行されてきた。中国の現状をより正確に評価するためにも、
「文革」をより深く理解しなければならないわけである。
実は、中国国内でも「文革」を真剣に研究しようとする当然の努力が行われてきた
。問題は、こういう多くの努力がー前述した「敏感な」政治的事情と密接に
関連しているためにー公表されないままに埋もれていったことにある。

重要な工具書

ところが今年初めに、中国国内における「文革」研究の蓄積が日本語に翻訳されて公刊され

。『中国文化大革命事典』と題する中国書店(福岡市博多区)から出版された
千二百ページ近い大部の書物である。同書の原型は、主任編集者の陳東林
(中国社会科学院所属)、苗れい(北京放送学院所属)などが、
1980年代末にとりあえず完成させていたものの出版を当局から許可されなかった
中国語の原稿だったという。この原稿の翻訳と編集のために、加々美光行氏
(愛知大学現代中国学部長)や徳澄雅彦氏(中国研究センター会員)
を中心とする日本側の多くの人々が共同作業を進め、また中国側の
編集や執筆者に対しても補充や改定を求めて完成させたのが、この
『中国文化大革命事典』なのである。現代中国に深い関心と理解を共有する
日中両国の知識人の協力の産物だと評価できる。
同書に収録された「文革」関係の項目数は千八百余りに達している。
そのすべてが未知の事実ではないにしても、
これまで断片的に明らかにされてきた個々の事実が一冊の書物にまとめられた意義は大き
い。
本書は、おそらく今後「文革」を研究していくためにも重要な工具書になると思われる。
また、研究者ではなくても、中国に対するより深く正確な理解を求める人々に
とっても利用価値の高い書物と言える。

地方からの発信

もうひとつ高く評価したいのは、このような商業ベースにのりにくい地味な研究書が福岡市
で出版されたことである。これは、中国との関係に限らず、とかく東京中心で目先の
事態しか考えない日本の現状を変えていく第一歩になる可能性を秘めていると思われる。
しばらく前から日本でも中国でも「地方の時代」というかけ声だけは大きくなっているが
、中身はともなっていなかった。本書の出版のような実行こそが名実共に備わった
「地方の時代」を招くのではないだろうか。
最後に望みたいことは、本書の中国語版が中国国内において一日も早く出版されることにほ
かならない。

(評者:こたけかずあき  1948年生まれ。東京都立大学院修了。日本国際問題研究所研究

、在中国大使館専門調査員などを経て、現在久留米大学法学部教授。主要著作は、
『原典中国現代史 第八巻 日中関係』(共編著、岩波書店刊)、
『アジアを知る、九州を知る』(編著、九州大学出版会刊)など。

        ー西日本新聞 1997年4月23日朝刊文化面ー



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