書名日中芸能史研究
ご寄稿者名清木場 東
投稿日 5/12 日
編著者 越智重明
出版社 中国書店
出版年月 2001年10月11日
ISBN4-924779-61-X

書評評    「日中芸能史研究」刊行に寄せて
     越智先生との旅の思い出
     壮大な主峰と美しい諸峰

1997年4月11日6時32分。ずんぐりで、やや浅黒い眼鏡
の老紳士、同じぐらいの背丈で、額が禿げ上がった色白
の中年男。博多の居酒屋の戸をガタガタ音を立ててあけ
る。ご両人は隅っこの四人掛けのテーブルを見つける。
老紳士は穏やかな雰囲気であるが、時折、回りにチロチ
ロと動かす。中年の男は、相手の顔も見ず、せわしげに
何かをしゃべっている。声が聞こえた。老紳士「いやー、
ジープで1400キロ、タクラマカンを西のホータンから東
の敦煌まで縦断します。そりゃーたっぷり沙獏を見れま
すよ。歴史の研究はこの眼で見ておかないとだめです」。
老紳士は杯を置く。男「話は別ですが、町から離れて、
食い物が無いとか、そういう処に行く時はどうするんで
す?」「タマゴです。世界どこでも、たいてい卵はある。
なまを買うんです。一日や二日は卵で過ごせますよ」。
私はこうしてタクラマカンの縦断の旅に誘われ、梅雨明
けの蒸し暑い日本を発った。団員20名、最高年齢81歳、
60歳以上8名。
旅の10日目。沙獏には道は無い。朝の8時からジープ
に、絶えず激しく揺さぶられる。上に下に、左に、右に。
キャンプ地に着く。急勾配の谷の入り口に近い。時計を
見る。夜の9時24分。沙獏の闇は真っ暗だ。ジープのライ
トに照らし出されたのは、最近起きたと思われる生々し
い土石流の跡だ。私はひどく疲れ、恐ろしくもあった。
 夕飯は11時近くになった。「年寄りが多いグループなの
に、こんな強行軍のプランは立てるべきじゃない。それ
はにここは危ないですよ。先生、お疲れになったでしょ
う」。先生は一言も小言は言わない。私に気遣って、た
だ軽くうなずいただけであった。越智重明先生は、それ
からたった一年半で、亡くなられた。数十年にわたり肝
ガンが臓器を喰らっていたのだ。なんとも我慢強い人で
あったことか。
先生の本は必ず折ってある。折れば記憶できるのであ
る。資料のカード、ノートは、一切無い。古代から唐時
代までの膨大な漢籍も、早い時期に読み終え、史料の
所在をすべて覚えておられたようだ。論文は、その折って
ある頁を開いて書いたのである。先生の論文を読むと、
史料が洪水のように押し寄せてくる。理解するのは私な
どには容易ではない。研究・読書は、中国・日本・韓国・
欧米の歴史・社会史・政治史・文化史・経済史・民俗学・
宗教人類学・文化人類学・文学、その他に及ぶ。文献で
とらえられない部分は、足を運んで調査する民俗学、文
化人類学などの手法をとる。その範囲は日本全土(島々
を含む)、ユーラシア大陸各地、アフリカ大陸北部、マ
ダガスカル島、南アメリカ大陸(アマゾン川流域)、オ
ーストラリア大陸、インドネシア諸島、フィリピン、 
台灣に及んだ。
 先生の研究では、中国中世の政治社会史研究が、主
峰をなしてそびえ、古代史・その諸研究が主峰につらな
る諸峰を形成している。このほど刊行された『日中芸能
史研 究』(中国書店)は、それらの諸峰の一つである。
本書には、日本・中国・西方の古代から現代までのサ
ーカスの図象・写真が挿入され、わくわくする。高い壁の
側面を走っている。少林寺の修行僧だ。目に小刀を突き
刺している。マジシャンだ。二両の車・二隻の船に張ら
れた綱の上での曲芸、今にも落ちそう。筑前博多独楽の
音がブーンと聞こえる。手でもつ扇の上の独楽を凝視す
るお姉さんについ見とれる。古代から近世まで魔術師の
顔を持つ宗教家は少なくない。古くではオシャカ様が大
魔術で人々を惹き付けた。痛快であるのは、多くのマジ
シャンの種明かしだ。
飽くことをしらない強烈な好奇心、桁外れの記憶力、
破格の知的許容力を持つ脳。研究はその器から少しこぼ
れでたものに過ぎないようである。先生にとっては、イ
デオロギーも、百万の興味の一つにしか過ぎない。その
スタンスは最近になっておぼろげながらではあるがわか
るようになった。骨はガンジスに撒いてほしいと、言っ
ておられた。
(きよこば・あずま=久留米大学教授・東洋経済史)
2001年11月16日 毎日新聞 文化 批評と表現欄

[ TOPPAGEに戻る/ 1つ前のページに戻る ]