| ●書評 | 充実した内容と価値を備えた遺稿集 日本人に大きな価値をもつ 資料重視の実証を基本的な方法として 諏訪春雄
九州大学と久留米大学で中国史を講じた故越智重明氏 の遺稿集である。遺稿といっても、越智氏が生前に編集 を終え、一部分は初校にも眼を通しておられた段階で急 逝された。同僚、後輩、教え子が、その後をうけて刊行 を完成した書である。多数の人々の善意と奉仕にささえ られて世に贈られた書であり、それにこたえるだけの充 実した内容と価値を備えている。日本の芸能史や演劇 史を日本だけでかんがえてもその本質をとらえることは できない。このような自明なことでも、研究上で実行にう つすことは容易ではない。日本の研究者は中国の芸能 史や演劇史にうといからである。じつは、両国の芸能史 やを比較の視点でとらえることは、日本の研究者にとっ て有益であるだけではなく、中国の研究者にとっても大き な意味をもっている。伎楽、雅楽、ある種の人形芸など、 すでに中国はうしなわれて日本にしかのこっていない芸 能、また、両国にいまみることができて も、翁芸、三番 叟など、中国を母胎として誕生した芸能の発展形態、完 成形態が日本にのこっているもの、が存在するからであ る。しかし、日中比較芸能史が成立するためには、まず、 中国の芸能史が解明されなければならない。『日中芸能 史研究』は、中国の芸能史研究者よりも、むしろ日本の 芸能史研究者にとってありがたい本である。 全体は三編にわかれている。第一編「中国の音楽」は さらに「古楽から新楽へ」と「漢時代の庶民の娯楽」の二 章から構成される。芸能は神祭りから誕生した。その原 初の段階で、芸能はまず音楽と所作にわかれる。その ような観点からみて、本書が音楽と雑技から説きあかさ れてゆくのは意味のあることである。著者の基本的な方 法は、資料重視の実証である。文献と物証の両方が丹 念に検討、分析されて、この編では、殷代から漢代の宮 廷音楽と民間音楽、庶民娯楽の雑技が解明されている。 第二編「中国の芸能」は「中国のサーカス一斑」「中国の 綱渡り」「巫と雑技」「少林寺拳法と雑技」の四章にわか れる。漢代以降の雑技の本質をサーカスとしてとらえ、 綱渡り、シャーマニズム、武術という三つの視点から検 討している。中国の雑技は、シルクロードを経由して西 域から伝来した外来要素と中国のシャーマンの神がかり の所作から発展展開した国産要素とがいりまじっている。 著者は周到にその両者に目配りしながら、中国雑技史 の中心部を構成してゆく。本書のなかでも、もっとも読み ごたえのある、おしえられるところの多い編出ある。中日 比較芸能史の視点から叙述されているのが、第三編「日 本の芸能」「日本の芸能」である。「日・中の散楽-新楽 記の出現をめぐって-」「信西古楽国をめぐって」「でこ廻し とひさご」「江戸繁昌記の雑芸能」「明治期の民間芸能一 斑」の五章から成り、雑技の日本での展開を明治時代ま でたどっている。 芸能ということばを中国人は芸術の技 能という意味でもちい、日本の研究者のように神祭りか ら演劇への過渡期の存在という内容をもたせて使用する ことはない。したがって本書の題名を中国語になおせば、 『中日音楽・雑技史研究』になるはずである。しかし、日 本にとってはまぎれもない「芸能史研究」である。くりか えしになるが、本書は中国人よりも日本人にとって大き な価値をもつ書なのである。 (すわ・はるお氏=学習院大学教授・近世文学・日本 芸能史専攻) 「週刊読書人 2002年2月1日」 |