| ●書評 | 「中心ー周辺」を超えて 対馬シンポから 台頭する中国見据え 進む歴史の再構築
中国は東アジアの「中心」なのか、否か。中国の 「周辺」に位置する日本、韓国、台湾、香港と、当 の中国の学者が東アジアのクロス・アイランド、対 馬に集まって、このテーマを議論した。日本辺境の 孤島にある諸国から研究者が結集して中国を論ず ること自体が画期的なことだが、それは中国が疾 風怒涛の勢いでアジアに旋風を巻き起こしている 現代をどう理解するか問われている時代の反映 でもあった。 東アジアはかつて中国が君臨し、「中心が中華」 「周辺が夷狄」という安定した「華夷秩序」が形成 されていた。ところが十九世紀中葉のアヘン戦争 以来、中国は絶対的権威を失って中心の座から 転げ落ち、「中心なき空白」状況が生まれた。こう した中心としての権威なき空白状況は東アジアに 未曾有の混乱を生み出した。権威が失墜した中 国に代わって、中央の座に踊り出ようと躍起にな ったのが日本である。だが日本はアジア・太平洋 戦争の敗北で、東アジアの盟主におさまることは できなかった。 空白の座に挑戦したのは日本だけではない。ま ずイギリスが挑戦したが、大英帝国の没落で挑 戦権はアメリカに取って代わられた。冷戦期は社 会主義大国・ソ連も挑んだが、ソ連崩壊でその夢 も崩れた。東アジアの歴史は「権威の拡散、変 遷」の歴史である。そしてアメリカの挑戦にもかか わらず、今も中心は空白のままだ。 さて中心の座を追われた中国は、百六十年後 の現在、再びその座へ返り咲くことを目指してい るのだろうか。政治的経済的軍事的に台頭する 中国は、その資格と権威を獲得でき、新しい華夷 秩序の形成を目論むのだろうか。これらは焦眉の 関心事である。 かつて夷狄として位置づけられていた中国周辺 の日本、朝鮮(韓国)、台湾、そして辺境の植民 地として中央から切り離されていた香港は、きた る東アジアの新秩序のなかで、どのようなアイデ ンテイテイを確立できるか、歴史学者もその現代 的課題から自由ではない。対馬でシンポジウム 「周辺からみた20世紀中国」を開催し、東アジア の「中心ー周辺」の問題を検討したのもそのため である。歴史の検討であったが、現在の台頭す る「中国の脅威」を肌で感じながら、持論を展開 せざるを得なかった。 絶えず大陸・中国と島嶼・日本の圧力下で民族 の主体性を確立しなければならなかった半島・韓 国。「両岸の統一」を唱える中国と対峙し、中国の 伝統的権威か自立を目指す台湾。「中国の一地 域」へ押しこまれ、香港の独自性が失われつつあ る香港。 そうした各国の危機意識を反映し、議論では、 中国を「中心」として位置づける歴史観に嫌悪感 を示しながら、「中心ー周辺」の枠組みを超えた 新しい東アジア秩序の枠組みを編み出そうとする 苦慮が見られた。 たとえば、周辺を支配・服従の価値的概念が濃 厚な「中心ー周辺(Center-Periphery)」としての 周辺ではなく、中国の単なる地理的隣国として位 置づけることが強調された。なぜなら価値的概念 では、中心が「正統な」「進んだ」「優れた」国家・ 民族とみなされ、周辺は「異端な」「遅れた」「劣っ た」ものとして垂直的な下位に落し込められる恐 れがあるからだ。これも中国的権威からの精神的 な解放を目指す現状の現れだろう。香港では、香 港の独自性を確立するため、「本地史学」といわれ る香港の歴史を香港の視点で再構築する努力が 進められているという。 浮かび上がってくるのは、中心から支配されたく ない周辺諸国が独自な歴史的アイデンテイテイを 確立しとうとしている姿だ。中国からきた学者は 「中国は中心ではない」と強調し、周辺の「脅威 感」を消し去ろうとつとめたが、各地のアイデンテ イテイが模索されている現実は、強国に復帰しよう とする中国が再び中心に君臨する華夷秩序を構 築するのではないかという危機意識の反映にほ かならない。 今、求められていることは、「周辺」に芽生えて いる危機意識を中国が素直に認識することであ る。と同時に、「周辺」独自の歴史観に立脚した アイデンテイテイを認め合い、日本を含めて他者蔑 視に陥りやすい「中心」を目指す自己中心主義を 克服し、安定した共生的パラダイムを築くことであ る。そうしなければ「文明の衝突」ならぬ疑心暗鬼 の憎しみあいが増長されるだけだろう。各国の歴 史学者が率直に意見を交した今回の取り組みは、 その小さな一歩になったと思う。 (よこやま・ひろあき=長崎シーボルト大学教授・ 中国近現代史) シンポジウムの内容は中国書店刊『周辺から見た 20世紀中国ー日・韓・台・港・中の対話』に詳しい。
2003年2月7日 毎日新聞(夕刊)より転載
|