| ●書評 | 弾圧生き抜いた 反骨の人
「指導者の活動や会議に関する報道を 減らし、もっと民衆の関心がある事柄 を活き活きと伝えるべきだ」。中国共 産党の胡錦涛総書記は3月末の政治局 会議でそう指示し、報道改革に乗り出 した。 江沢民氏ら党首脳の発言を、新味が あろうがなかろうが細大漏らさず忠実 に伝える。無味乾燥の官営メデイアは 読者や視聴者にそっぽを向かれている のが実態だ。胡総書記はこの状況を何 とか変えようと「大衆、現実、生活に 即したニュースを」と訴えた。 同じことを半世紀近く前に考えてい た反骨のジャーナリストがいる。本書 の著者で国営通信新華社の記者、戴煌 氏である。 「我々のニュース報道は客観性と公平 さを欠いている」「我々の光明、偉大 さは過大、誇大に宣伝されており、暗 黒、腐敗といった面はこっそりと蓋を されている」「このような報道は人民 を信頼しない行為である。人民には相 当の判断力があり、党の導きがあれば 正確に物事を認識できる」 共産党政権発足から間もない1950年 代。中国の社会主義が最も輝き、政権 への信頼が最も厚かった時代と言われ る。だが、それまで朝鮮戦争、ベトナ ム戦争従軍報道など経験を積み、鋭い 観察眼と正義感を持つ戴煌氏は、早く も社会に表れた矛盾を見過ごすことが できず、黙っていることもできなかっ た。 「都市の高級幹部は特権を振りかざ し、農村の基層幹部もはばかることな く悪事を働く」。折から自由な意見 表明を呼び掛ける「百花斉放・百花争 鳴」政策に誘われ、鬱積した憂国の想 いを洗いざらい吐き出した。結果は 「右派」の烙印と名誉回復まで21年に も及ぶ苦難の日々だった。 戴煌氏は@党指導者を敵視したA社 会主義の優越性を否定したB党の報道 政策に反対したーと断罪された。各級 指導者の「神格化と特権」が最も危険 な潜在的災いである、と喝破したこと が厳しい処分につながったらしい。 30歳だった58年、強制労働のため黒 竜江省の僻地へ流された。酷寒と飢餓 と傷病と重労働に苦しめられ、何度も 死の淵に立たされた「この世の地獄」。 狡猾で陰険な生産隊の小隊長や班長ら 右派を人間扱いしない指導員、処分を 取り消してもらいたくて仲間を密告す る流刑者、危険を顧みずに助けの手を 差し伸べてくれた数少ない人たち。極 限状況下における人間模様の描写が見 事だ。 3年後、北京へ戻されたものの、やが て文化大革命が始まり、再び労働改造 へ。毛沢東が死に、四人組が逮捕され、 ようやく復建がかなった78年には50歳 になっていた。記者として脂が乗り切 る30代、40代にペンを握る機会を奪わ れたが、それでも剛毅さを失わず志を 曲げなかった。その誇りが本書の格調 を高めている。 右派の家族として辛酸をなめながら、 娘と共に獄中の夫を支え続けた潘雪媛 夫人の頑張りも語られる。夫婦の闘い の記録でもある。
(服部健司) 『世界週報』(時事通信社発行) 2003年7月22日号 BOOKsより転載。 |