書名上海鼎記号と長崎泰益号
副題近代在日華商の上海交易
ご寄稿者名徳澄雅彦
投稿日 8/19 日
編著者和田正広・翁其銀
出版社中国書店
出版年月2004年3月30日
ISBN4-924779-80-6

書評 タイトルの「号」は、日本では列車・航空機・船舶などの愛称に付けられるが、中国では「商号」「屋号」であり、とくに旧時代では一般的だった。今回出版された本の原本は、上海にあった貿易商の「鼎記号」が、長崎の中小企業の華僑商社「泰益号」に宛てた、半世紀近くに及ぶ商務書簡一千二百余点で、1982年に長崎で発見され、本書と同じ著者によって、以前に資料として整理、仮製本されたものを、解読・翻訳・分析し、その全容を論究した労作である。原本は毛筆による中国流の草書体で書かれた、商取引の詳細な記録であり、いわば文字通り几帳面に誌された「大福帳」である。時代は1910年代から1930年代初頭、取り扱われた商品は魚介類・海草類・乾物など海産物をはじめ、漢方薬・衣料品・日用雑貨などおびただしい品目に及び、果ては金融関係の取引内容も含まれる。
取扱い商品の品目・数量・単価・金額・輸送方法・運賃・保険料・税額・代金決済方法など取引関係の事細かな記録はもとより、さらには辛亥革命・軍閥相剋・列強侵略・天災・日貨排斥など混迷の時代相を背景にした、政情・軍事・社会問題・経済情報などのニュースにいたる克明な報告が上海から寄せられている。中国の近代史の一断面が具象的に検証される鮮やかさは、この方面の専門家ならずとも興味を引かれるだろう。
漢方薬については、上海・長崎および日本統治下の台湾の三角形販路が形成され、決済方法を含めてその独自のメカニズムも明かになっている。他の商品もそうだが、実に多彩にわたる種類の取扱品目が記録され、もたらされた収益の程度とその背景がコメントされていたりして、興味をそそられる。
やがて時代は世界恐慌から日中両国の政治的・武力的衝突に発展し、相互の貿易は縮小をたどり、長崎華僑社会への圧迫もあって、さしも1915年から20年にかけて隆昌を誇った「鼎記号」も窮地に追い込まれ、経営破綻に陥り30年代はじめに倒産した。このため長崎「泰益号」が築いた貿易ネットワークも消滅した。まさに上海の中小貿易商社は世界情勢の地獄を見たのであり、その記録は長崎で現在まで残されていたわけである。
毛筆の墨跡はいまどきの日本人にはもはや読み解くことさえ困難になった。この貴重な文書にスポットを当て、労をいとわずに緻密に分析解明し、論証した日中双方の歴史学者の鏤骨の著作に敬意を表したい。
巻末の細かな索引は、専門研究家はもとより、一般の読者にとっても拾い読みの手引きになるショウウィンドウといえよう。



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