| ●書評 | 1930年代の初期のドイツ演劇界に隠れもない名女優で、当時ベルリンのファッション界もリードしていたティラ・ドリュウ(1880-1971)がナチス政権のユダヤ人追放令(1933年4月)の迫害から逃れて、その翌年国外脱出を図るところからこの物語は始まる。(彼女の夫がユダヤ人だった)。 以後、祖国ドイツでの名誉回復の後、九十歳の生涯を終えるまでの、強烈な、悲劇的な人間味溢れる「中部ヨーロッパでのあの時代の女の一生」がその時点、時点の、その場面その場面の活写で展開されている。 闇市で手に入れた偽パスポートでホンジュラス人になりすまして、まず中立国スイスに脱出、さらに亡命の地と決めたユーゴスラビアのザグレブを目指す。もちろん、万事がスムーズに進行するはずはなく緊迫した臨場感の連続が感銘に拍車をかける。結局、ナチス・ドイツに迎合する運命のザグレブでの安住も望まれず、亡命先をアメリカに変えるが、幾多の試行錯誤とむなしい努力がことごとく失敗、舞い戻るザグレブで結局、20年に及ぶ亡命・潜伏生活を送ることになる。その間の逃避行の最中、拉致連行された夫の非業の死を知るものも風の便り。だが、彼女の芸術家としての心意気はザグレブの少年たちに受け継がれることになる。人形劇を指導し育て上げ、自らは「舞台人形の衣装縫いのおばさん」として激動・混迷の世相の中で逞しい庶民の草の根の文化活動を推進する。一方、蔓延するファシズム思潮への抵抗・パルチザン地下活動の一翼を命がけで担い、協力する。 大戦終結後、女優ティラ・ドリュウ亡命先で健在の報がベルリンに伝わった時「人形劇の衣装縫いのおばさん」として働いていることが、ベルリン市長を驚かせる。 このヒロインの伝記的な体験追想から、彼女を描いた画家のリーベルマン、ルノワールなど印象派・分離派の巨匠をはじめ、亡命資金を援助する「西部戦線異状なし」の作家レマルクとの挿話など、あの頃の語られることの少ない彼の地の文化史的時代思潮を伝えるメッセージが全編に溢れている。
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